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おやおや +カヨ+
こんなにもブログを更新していなかったのですな。
初めてスポンサー広告なるものが出現しました。
皆さんお元気ですか?

今日実家から戻って参りました。
一週間の予定が、行きの新幹線の中でオミが発熱し、三日を棒に振ったので延長延長また延長で、気づけば半月ほど過ごしておりました。
オミはじいじと釣りに行ったり、ばあばと神経衰弱で白熱したりとそれはそれは楽しそうで、帰る日が近づくと朝起きる度に「あと3しかとまれないの?」と涙ぐむ毎日。それがまたじいじばあばには嬉しかったみたいで、それだけでも親孝行出来たのかなと思うけれどね。

家から近い津波の被害にあった場所へ連れて行ってもらった。
海に近づくにつれ道路に突然現れる漁船。撤去出来ないのは持ち主とその家族が全員亡くなっているケースが多いと言う。
そんな船やぺしゃんこになった車を窓越しに見つつ海へと進んで行くと、突然パノラマの景色が現れる。
がれきが撤去されていたせいか、それはまるで新しく埋め立てて売られている分譲地のようだった。
でもそれがそんなものではないという事は、奧にある恐ろしく大きながれきの山を見れば一目瞭然だ。
そのうちまだ撤去されていない区域へ突入すると、建物の中身が空っぽの家が見えてくる。カーテンがかろうじて残っているのがその場所に生活していた人の姿を思えて胸が苦しい。道にはまだ写真や台所用品なども落ちている。
手を合わせて目を閉じて、ひたすら祈る事しかできなくなってしまった。

離れたこちらにいると復興復旧は順調に進み、東北人の強さに感銘を覚えるなどという報道に光を見出していたけれど、それはとんでもなく間違っていた。
東北の人たちはまだまだ苦しんでいるし、まだまだ傷ついたまま。
全然立ち上がれない人が沢山いる事を知った。
地元の新聞は未だ半分は震災の被害の情報や遺体安置所の情報などで占められている。

今必要なのは現実的なマンパワーと、応援や激励ではなく労りの言葉のような気がした。
どうか皆さん、「頑張れ」ではなく「大変でしたね」と声をかけて欲しい。
辛かったですね、不安ですよねと気持ちに寄り添う言葉をかけて欲しい。

大人になってふるさとを思う心はいろいろ変わったけど、今回の震災で自分が今までどれだけ両親に甘えて生きて来たのかも思い知らされた。
3月11日、東北の震度を聞いて、今両親になにかあったら、私は後悔や懺悔の念でこれから生きていくのは大変だろうと思った。そのくらい私は両親に対して大人になりきれてなかったと思う。
今自分にできること。やるべき事をやらなければと思う。

久々なのに重いブログでごめんなさい。
そのうちまた。
2011.08.18 (01:43) | カヨ日記


 

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